本文
昼食を終えて店を出ると、通りには相変わらず多くの人が行き交っていた。
ダリウスは荷物を載せた馬車へ目を向けてから、二人に言った。
「さてと。俺はこれから仕入れがある」
「じゃあ、俺たちも手伝うよ!」
ダリウスは笑って首を振った。
「いいって。ここからは店を何軒か回るだけだからな。それよりアーヴェル、お前は本を探しに来たんだろ?」
「あっ」
言われて、アーヴェルは思い出したように顔を上げた。
ドルガフへ着いてからというもの、初めて見る町並みや大勢の人々に気を取られ、危うく本来の目的を忘れるところだった。
「この先に本屋がある。そこまで一緒に行こうか」
「うん!」
三人は再び通りを歩き始めた。
しばらく進んだところで、ダリウスが一軒の店の前で足を止める。
「ここだ」
アーヴェルは店を見上げた。
フィンリッジにはない、本を専門に扱う店。
それだけで、胸が高鳴った。
「俺は仕入れを済ませてくる。終わったらここへ迎えに来るから、それまで二人で見てろ」
「分かった」
「店から勝手に離れるなよ」
「分かってるって」
トーラが答える。
「じゃあ、またあとでな」
そう言い残し、ダリウスは通りを戻っていった。
その背中を見送るのもそこそこに、アーヴェルは店の扉へ手を伸ばした。
◇
扉を開けると、外の喧騒が少し遠ざかった。
店の中にはいくつもの本棚が並び、その棚には大小さまざまな本が収められている。
「うおー……すげえ」
後ろから入ってきたトーラが、思わず声を漏らした。
アーヴェルも返事をするのを忘れて店内を見回していた。
歴史について書かれたもの。
魔法について書かれたもの。
さまざまな土地に棲む魔物について記されたもの。
剣や槍などの武器、鎧や盾について扱ったものまである。
薬草や錬金術、遠い土地について記された本もあった。
どこを見ても、アーヴェルの知らないことばかりだった。
「いらっしゃい。ゆっくり見ていってね」
声のしたほうを見ると、店の奥にあるカウンターに、一人の老婆が座っていた。
「こんにちは」
アーヴェルが声をかけると、老婆は穏やかに笑った。
すぐにアーヴェルは本棚へ向かった。
一冊の背表紙に目を留めては手に取り、少し開いては元へ戻す。
魔物について書かれた本を見つければ足を止め、知らない土地の名が書かれた本を見つければ、またそちらへ移る。
「アーヴェル、こっちにもいっぱいあるぞ」
「うん」
返事をしながらも、アーヴェルの目はすでに別の本へ向いていた。
何のためにこの店へ来たのか。
そのことすら、しばらく頭から抜け落ちていた。
最初のうちはトーラも珍しそうに棚を眺めていた。
だが、やがて興味を失ったのか、何度目か分からない本を手に取るアーヴェルの後ろで大きく息を吐いた。
「なあ、まだ見つからないのか?」
「え?」
アーヴェルが振り返る。
「クラウスの本だよ。それ探しに来たんだろ?」
「あっ」
「忘れてたのかよ……」
呆れた顔をするトーラに、アーヴェルは何も言い返せなかった。
「何か探しているのかい?」
いつの間にか、先ほどの老婆がカウンターから二人を見ていた。
「あ、はい」
アーヴェルは老婆のそばへ向かった。
「『英雄クラウス物語』の第二巻を探してるんです」
「クラウス様の本かい?」
老婆は椅子から立ち上がると、少し考えるように店内を見渡した。
「それなら……」
ゆっくりと店の奥へ歩いていき、一つの本棚の前で立ち止まる。
上のほうへ手を伸ばし、一冊の本を取り出した。
「ごめんね。今はこれしか置いてないんだよ」
差し出された本を見た瞬間、アーヴェルの顔が明るくなった。
『英雄クラウス物語 第二巻』
探していた本だった。
「いいえ、大丈夫です! これください!」
「はいよ。三十五ヴィアラだよ」
「三十五……」
アーヴェルは腰に下げていた革袋を開いた。
持ってきた小遣いを確かめながら、貨幣を一枚ずつ取り出していく。
「よかった……なんとか足りた。銅貨三枚と……鉄貨五枚、と」
老婆の手のひらへ貨幣を載せる。
「はい、ありがとうね」
老婆は受け取った貨幣を確かめてから、第二巻をアーヴェルへ渡した。
アーヴェルは大切そうに両手で受け取る。
「ところで、本当にこっちでいいのかい?」
「え?」
「クラウス物語なら、子供向けのおとぎ話もあるよ。こっちは字も多いし、少し難しいだろう?」
「あ、大丈夫です。おとぎ話のほうは何度も読みました!」
「そうかい」
老婆は少し驚いたように目を細め、それから優しく笑った。
「それじゃあ、ゆっくり読んでおくれ」
「はい! ありがとうございます!」
目的の第二巻を手に入れたアーヴェルは、満足そうに本を抱えた。
「トーラ、帰ろう」
返事がない。
「……トーラ?」
振り返ってみるが、さっきまで近くにいたはずの姿が見当たらない。
アーヴェルは本を抱えたまま、店内を見回した。
「どこ行ったんだろ……」
本棚の間を一つずつ覗いていく。
すると、店の奥にある本棚の陰に、トーラの姿を見つけた。
「トーラ。帰るよ」
「…………」
返事がない。
トーラは一冊の本を手に取り、表紙をじっと見つめていた。
「トーラ?」
「なあ、アーヴェル」
「なに?」
トーラは表紙から目を離さないまま、その本をアーヴェルへ見せた。
「これ、何て読むんだ?」
「え?」
アーヴェルは隣から表紙を覗き込んだ。
そこには、大きな二文字が記されていた。
――魔剣。