Old Unknown Novel

第九話 興趣

魔剣に興味を持ったアーヴェルたちが、その不思議な力について語り合う第九話。

本文

「マケン?」

 トーラが首を傾げた。

「マケンってなんだよ」

「さあ……」

 アーヴェルも表紙に書かれた二文字を見つめる。

「でも、名前からして普通の剣じゃなさそうだね。父さんやダリウスさんなら知ってるかも」

「ふーん……」

 トーラは興味深そうに、手にした本へ視線を戻した。

 そこでアーヴェルは、ようやくその本の表紙に書かれた題名に気づいた。

『武器大全』

「トーラ、そんな本見てたんだ」

「ん? ああ。剣のこともいっぱい載ってるみたいだからさ」

 そう言いながら、トーラは本を開こうとする。

「今度は武器の本かい?」

 声をかけられ、二人は振り返った。

 店の老婆が、カウンターの向こうから面白そうにこちらを見ている。

「この魔剣って、なんなんだ?」

 トーラが本を見せながら尋ねた。

「それなら、その本に載っているよ」

「ほんと?」

 トーラはすぐに頁をめくり始めた。

 だが、何頁かめくったところで、店の扉が開く音がした。

「おーい、終わったぞ」

 聞き慣れた声に二人が振り返る。

 店へ入ってきたのはダリウスだった。

「仕入れは終わったんだ。そろそろ帰るぞ」

「もう?」

 トーラが残念そうに本へ目を落とす。

「ああ。あんまり遅くなると、村に着く頃には暗くなっちまうからな」

「……分かった」

 トーラはもう一度だけ『武器大全』の表紙を見ると、元あった棚へ戻した。

 アーヴェルも買ったばかりの『英雄クラウス物語 第二巻』を大切そうに抱え直す。

「ありがとうございました!」

「はいよ。またおいで」

 老婆に見送られ、二人はダリウスとともに店をあとにした。

     ◇

 仕入れを終えた馬車の荷台には、朝とは違っていくつもの木箱や麻袋が積まれていた。

 空いている場所はそれほど広くなく、アーヴェルとトーラは荷台の端に並んで腰を下ろす。

 ダリウスが御者台から手綱を操り、馬車はゆっくりとドルガフの通りを進んでいった。

 行き交う人々。

 立ち並ぶ店。

 石畳の上を走る荷車。

 朝から目にしたものを、アーヴェルはもう一度眺めていた。

 やがて馬車は町の門を抜け、フィンリッジへ続く街道へ出た。

 ドルガフの町並みが少しずつ遠ざかっていく。

 しばらくすると、隣に座っていたトーラが御者台へ向かって声を上げた。

「なあ、ダリウスさん」

「なんだ?」

「魔剣って知ってる?」

「魔剣?」

 ダリウスが少しだけ振り返る。

「ああ。さっき本屋で見たんだ。魔剣って書いてあった」

「そうだなぁ……」

 ダリウスは前を向いたまま、少し考えた。

「俺も詳しくはないが……精霊や魔法の力が宿った剣らしいぞ」

「精霊!? 魔法!?」

 今度はアーヴェルが身を乗り出した。

「ダリウスさん、詳しく教えてよ!」

「だから詳しくないって」

 ダリウスが苦笑する。

「でも、精霊の力が宿ってるんでしょ? どんな精霊? 魔法って、剣から出るの?」

「知らん知らん。俺に聞くなって」

「えー……」

「魔剣のことなら、キーヴァルに聞いてみろ。俺よりは知ってるだろ」

「父さんに?」

「ああ」

 アーヴェルは腕の中に抱えた本へ目を落とし、それから隣のトーラを見る。

「帰ったら聞いてみようか」

「おう!」

 トーラも大きく頷いた。

 馬車は街道を進み続ける。

 朝には初めて見る景色ばかりに目を奪われていた二人も、帰り道では少しずつ口数が減っていった。

 気づけば、空は赤みを帯び始めていた。

 西へ傾いた陽が木々の隙間から差し込み、街道を橙色に染めている。

 荷台の端では、アーヴェルが念願だった『英雄クラウス物語 第二巻』を膝の上に置いている。

 その隣では、トーラがどこか考え込むように、流れていく景色を眺めていた。

 馬車は夕暮れの街道を、フィンリッジへ向かって走り続けた。

 フィンリッジへ着く頃には、空はすっかり夕暮れの色に染まっていた。

 西の空には沈みかけた陽が残り、村の家々からは夕餉の支度をする煙が細く立ちのぼっている。

 見慣れた景色が近づいてくると、朝からずっと外の景色に目を奪われていたアーヴェルも、ようやく帰ってきたのだと実感した。

 馬車はそのまま村の中を進み、やがてダリウスの雑貨屋の前で止まった。

「よし、着いたぞ」

 ダリウスが御者台から降りる。

 アーヴェルとトーラも荷台から飛び降りると、積まれた木箱へ手を伸ばした。

「じゃあ、これ運べばいい?」

「俺はこっち持つぞ」

「いい、いい。もう遅いから、お前らは帰れ」

「でも、朝は手伝っただろ?」

「朝は朝だ。もう日も暮れる。こっちは俺がやるから大丈夫だ。」

 トーラはまだ手伝いたそうにしていたが、アーヴェルは腕に抱えた本へ目を落とした。

「……じゃあ、帰ろうか」

「お前は早く本が読みたいだけだろ」

「うん」

 ダリウスが声を出して笑った。

「ダリウスさん、今日はありがとう」

 アーヴェルが頭を下げる。

「俺も! 楽しかった!」

「おう。また行こうな!」

「ほんと!?」

「ああ!」

 二人はダリウスにもう一度礼を言うと、雑貨屋をあとにした。

 途中でトーラと別れ、アーヴェルは家へ向かう。

「じゃあな、アーヴェル!」

「うん。また明日」

 手を振って走っていくトーラを見送ってから、アーヴェルも家へ向かった。

     ◇

「ただいま!」

 家の扉を開けた途端、温かな空気と一緒に夕食のいい香りが漂ってきた。

「おかえりなさい」

 奥からサリスの声が聞こえる。

 その直後だった。

「お兄ちゃん!」

 ぱたぱたと足音を響かせながら、ミリカが駆けてきた。

「おかえり! 何買ったの!?」

「え?」

「ドルガフ! 何か買ってきたんでしょ?」

 目を輝かせながら、アーヴェルが抱えているものを覗き込もうとする。

 アーヴェルは待ってましたと言わんばかりに、嬉しそうに本を持ち上げた。

「これ!」

 表紙をミリカへ向ける。

「『英雄クラウス物語』の第二巻!」

「…………なーんだ」

 ミリカの顔から、あっという間に興味が消えた。

「えっ」

「また本じゃん」

「またって……これを買いに行ったんだよ?」

「お菓子とか、何か面白いもの買ってきたのかと思った」

「買ってないよ」

「なーんだ……」

 二度目だった。

 アーヴェルは大切な本を抱えたまま、少し納得のいかない顔で妹を見る。

「二人とも、そろそろご飯にするわよ」

 サリスの声が聞こえた。

「はーい!」

 さっきまで兄の買い物に興味津々だったミリカは、今度は夕食へ向かって駆けていった。

 アーヴェルも本を部屋へ置いてから、食卓へ向かった。

     ◇

 食卓には、すでに夕食が並んでいた。

 アーヴェルとミリカが席につき、サリスも腰を下ろす。

 キーヴァルを含めた四人で食事を始めてしばらくすると、アーヴェルは昼間のことを思い出した。

「ねえ、父さん」

「ん?」

「魔剣って知ってる?」

 キーヴァルが食事の手を止めた。

「魔剣か……」

 少し考えるような顔をしてから、アーヴェルを見る。

「なんだ。お前もとうとう剣に目覚めたのか?」

「違うよ」

 アーヴェルはすぐに否定した。

「今日、本屋でトーラが見つけたんだ。『武器大全』って本に魔剣って書いてあってさ」

「トーラが本を?」

 キーヴァルが少し意外そうな顔をする。

「うん。それで帰りにダリウスさんに聞いたら、精霊とか魔法の力が宿った剣だって言ってた」

「マケンって剣なの?」

 それまで食事をしていたミリカが顔を上げた。

「どんな!?」

 キーヴァルは、今度は娘まで食いついてきたことがおかしかったのか、小さく笑った。

「魔剣と言っても、その種類や形は様々だ。癒しの効果があるものから邪悪なものまで、な」

「癒し効果があっても魔剣なの?」

 アーヴェルが尋ねる。

「ああ。魔剣って名前だから、邪悪な剣とは限らない。そういった特殊な剣を総じて魔剣と呼ぶこともある」

 キーヴァルは続ける。

「単純に魔力そのものを宿したものもあれば、魔法を使うモンスターの魔石を埋め込んだものもある。どんな力を持っているかも、剣によって違うんだ」

「へえ……」

 アーヴェルは食事の手を止め、すっかり話に聞き入っていた。

「中には、精霊を宿した伝説の剣もあるらしい」

「精霊!」

 途端にアーヴェルの目が輝く。

 キーヴァルが笑った。

「やっぱりそっちに食いついたか」

「どんな精霊!?」

「有名なのは、炎の精霊イフリートを宿した『炎の剣』だな」

「イフリート!?」

 アーヴェルはさらに身を乗り出した。

「父さん、それ見たことあるの!?」

「ない」

「えっ」

「俺だって話で聞いただけだ」

「じゃあ、本当にあるか分からないの?」

「さあな。少なくとも、俺は実物を見たことはない」

「炎の剣って、本当に燃えてるの?」

「だから見たことないって」

「じゃあ、イフリートって剣の中にいるの? 精霊って剣に宿れるの?」

「お兄ちゃんばっかりズルい!」

 ミリカが割り込んだ。

「父さん、その剣って強いの!?」

「おいおい……」

 次々と飛んでくる質問に、キーヴァルが困ったように笑う。

「一つずつ聞け」

「じゃあ、炎の剣って――」

 さらに質問を続けようとしたアーヴェルへ、キーヴァルがふと思い出したように尋ねた。

「ところでアーヴェル」

「なに?」

「お目当ての本は買えたのか?」

「…………」

 アーヴェルの動きが止まった。

「……あっ!」

 椅子から立ち上がりそうな勢いで声を上げる。

 すっかり忘れていた。

 今日、自分が何のためにドルガフまで行ったのか。

 そして今、自分の部屋には何が置いてあるのか。

 アーヴェルは急に食事の手を速めた。

「アーヴェル、もっとゆっくり食べなさい」

 サリスが笑いながらたしなめる。

「だって、早く読みたいんだもん」

「本は逃げないわよ」

「うん」

 返事はしたものの、食べる速さはあまり変わらない。

 やがて残っていた夕食を平らげると、

「ごちそうさま!」

 アーヴェルは席を立った。

「父さん! じゃあ炎の剣って普通の剣より強いの?」

 背後では、今度はミリカがキーヴァルへ質問を始めている。

「それは剣によるだろうな」

「じゃあ、雷の剣もある!?」

「さあな。あってもおかしくはないが――」

「じゃあじゃあ、あたしでも使える!?」

「待て待て。一つずつ聞けって」

 キーヴァルの困ったような声を背中に聞きながら、アーヴェルは階段を駆け上がった。

 頭の中はもう、買ったばかりの『英雄クラウス物語 第二巻』のことでいっぱいだった。

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