Old Unknown Novel

第七話 市井

初めてドルガフを訪れたアーヴェルたちが、町の賑わいとフィンリッジの品々の新たな一面に触れる第七話。

本文

 門をくぐった途端、アーヴェルの目の前に、それまでとはまるで違う光景が広がった。

 道の両側には建物が立ち並び、その間を大勢の人々が行き交っている。

 荷物を抱えて足早に歩く者。店先で客を呼び込む商人。荷車を引いて通りを行く者。

 あちこちから話し声や笑い声が聞こえ、ときおり店先から威勢のいい声まで飛んでくる。

 フィンリッジでは見たこともないほどの人の多さだった。

「すげえ……!」

 トーラが荷台から身を乗り出した。

 アーヴェルもその隣で、忙しなく左右へ目を向けている。

 足元の道も違う。

 村では土が剥き出しだった道が、ここでは平らな石を敷き詰めた石畳になっていた。

「アーヴェル、あっち見ろよ!」

「うん。でも、こっちにも何かあるよ」

 二人とも、どこを見ればいいのか分からないほどだった。

 馬車はそんな二人を乗せたまま、石畳の上をガラガラと音を立てながら、ゆっくりと町の中を進んでいく。

 やがて大通りをしばらく走ったところで、ダリウスが手綱を引いた。

 馬車の速度が落ち、一軒の建物の前で止まる。

 アーヴェルは荷台から、その建物を見上げた。

 入口の上には、薬草らしき植物を描いた看板が掲げられている。

「錬金工房……」

 アーヴェルが小さく呟いた。

「最初はここだ。二人とも、悪いけど荷下ろしを手伝ってくれるか?」

「うん!」

「任せろ!」

 二人が荷台から降りると、工房の扉が開いた。

 中から出てきた男はダリウスの姿を見るなり、その後ろに立つアーヴェルとトーラへ目を向ける。

「おう、ダリウス。今日は子分を二人も連れてきたのか?」

「ははっ、違う違う。今日はこいつらの買い物の付き合いさ」

「なんだ、そうなのか」

 男は面白そうに笑った。

 荷台には、フィンリッジから運んできた木箱がいくつも積まれている。

 蓋の隙間からは乾燥させた薬草の香りが漂い、別の箱には瓶詰めされたポーションや薬品が丁寧に並べられていた。

「これはこっちだ。瓶の入ってる箱は気をつけろよ」

 ダリウスに言われ、アーヴェルとトーラは一箱ずつ抱え上げた。

 木箱を工房の中へ運び込むと、棚には大小さまざまな瓶が並び、乾燥させた植物や見慣れない素材が所狭しと置かれていた。

 奥には調合に使うらしい器具も並んでいた。

 アーヴェルは思わず足を止めそうになったが、

「アーヴェル、次!」

 外から聞こえたトーラの声に我に返る。

「今行く!」

 三人で何度か往復し、やがて錬金工房へ卸す荷物はすべて運び終えた。

 その間にダリウスと店主は品物を確かめ、代金や次の仕入れについて話をしていた。

「よし。ここは終わりだな」

 取引を済ませたダリウスが馬車へ戻ってくる。

「まだあるの?」

「ああ。今日は何軒か回るぞ」

 再び馬車へ乗り込むと、一行は石畳の道を進んだ。

 次に向かったのは宿屋だった。

 ここで降ろしたのは、薬草でもポーションでもない。

「これ、フラッファー?」

 荷台に積まれた包みを見て、アーヴェルが尋ねた。

「ああ。肉のほうだ」

「宿屋で使うのか?」

 トーラが聞く。

「料理にするんだよ。癖が少ないから、けっこう使いやすいらしいぞ」

 三人は包まれた肉を宿屋の裏口へ運び込んでいった。

 それが終わると、今度は仕立て屋へ向かい、そこで荷台から降ろしたのは、きれいに処理された真っ白な毛皮だった。

「あ、これもフラッファーだ」

 アーヴェルにはすぐに分かった。

「こっちは毛皮だな」

 ダリウスが一枚を持ち上げる。

「フラッファーの毛は暖かいんだ。防寒具に向いてるから、寒くなってくると特によく売れる」

「へえ……」

 トーラが毛皮を触った。

「畑じゃ邪魔なのに、けっこう役に立つんだな」

「肉も食えるし、毛皮も使える。魔石だって売れるからな」

 ダリウスはそう言いながら、毛皮の束を抱え直した。

「それにフィンリッジの周りは、他の土地よりフラッファーが多いんだ」

「そうなの?」

「あいつら、栄養のある薬草が好きだからな。フィンリッジは薬草が多いだろ?」

 その言葉を聞いて、アーヴェルとトーラが顔を見合わせた。

「あ……」

「だからか!」

 トーラが声を上げる。

「だから畑のフラッファー退治が多いんだ!」

「薬草がたくさんあるからかぁ~」

「そういうことだ」

 ダリウスが笑う。

 アーヴェルは、これまで何度も追い払ってきた白いモンスターを思い浮かべた。

 畑を荒らす厄介者だとばかり思っていたが、こうして町へ来てみると、その肉も毛皮も商品として使われている。

 フィンリッジでは当たり前のものが、村の外では別の形で役に立っているらしい。

     ◇

 一通りの取引を終えた頃には、すでに昼を少し回っていた。

 最後の荷物を降ろしたダリウスが、空になった荷台を確認してから二人を見る。

「さて。そろそろ飯にするか」

「やった!」

 トーラが即座に声を上げた。

 アーヴェルも大きく頷く。

「僕もお腹空いた」

「朝から手伝ってもらったからな。好きなもん食っていいぞ」

「ほんと!?」

「ああ」

 三人は近くの馬留めに馬車を繋ぎ、大通りに面した一軒の食堂へ入った。

 扉を開けると、賑やかな話し声が一気に耳へ飛び込んでくる。

 店内は昼食を取る客で混み合っていた。

 仕事の途中らしい職人たち。旅装束の男たち。家族連れの姿もある。

 空いている席を見つけて三人が腰を下ろすと、アーヴェルとトーラはすぐに周囲の卓へ目を向けた。

「何があるんだろうな」

「ドルガフの料理って、どんなのかな」

 初めて訪れた町での食事である。

 二人とも、フィンリッジでは見たこともない料理が出てくるのではないかと期待していた。

 しかし、運ばれていく皿を見ているうちに、二人の表情が少しずつ変わっていく。

「……あれ?」

 トーラが首を傾げた。

「なんか、普通だな」

「うん……」

 肉と野菜を煮込んだ料理。

 焼いた肉。

 パン。

 スープ。

 使われている材料や味付けに多少の違いはありそうだが、どれもフィンリッジで見慣れた料理と大きく変わるものではない。

 二人の様子を見ていたダリウスが吹き出した。

「なんだ。もっと珍しいものが食えると思ってたのか?」

「だって町だぞ?」

 トーラが言う。

「フィンリッジよりずっと大きいし」

「そりゃ大きいけど、ここからフィンリッジまで馬車で三時間くらいだぞ。同じベルモーシアの近所なんだから、食べてるものまで急に変わるわけないだろ」

「そっか……」

 妙に納得したアーヴェルの隣で、トーラがまだ少し残念そうな顔をしている。

「まあ、食ってみろ。店が違えば同じ料理でも味は違うからな」

 やがて三人の前に、肉と根菜をじっくり煮込んだ料理と焼きたてのパンが運ばれてきた。

 湯気とともに食欲をそそる香りが立ち上る。

「いただきます!」

 さっきまで残念そうにしていたトーラが、真っ先に匙を取った。

 一口食べた途端、その表情が変わる。

「うまい!」

「結局、何でもいいんじゃないか」

 ダリウスが笑った。

 アーヴェルも煮込みを口へ運ぶ。

 確かに見慣れた料理ではある。

 けれど、香辛料の使い方や煮込み方が少し違うのか、家やハースルートで食べるものとはまた違った味がした。

「ほんとだ。美味しい」

「だろ?」

 ドルガフで初めて食べる昼食は、想像していたほど珍しいものではなかった。

 それでも二人は、朝から見聞きした町の様子を興奮気味に話しながら、すっかり空腹になっていた腹を満たしていった。

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