Old Unknown Novel

第一話 機転

倒れた馬車を見つけたアーヴェルとトーラの、小さなお手柄を描く第一話。

本文

「おい、聞いてるのか?」

 トーラの声にも、アーヴェルは答えなかった。

「親父たちに知らせに行こうぜ。なあ、アーヴェル」

「シッ」

 アーヴェルが人差し指を口元に立てると、トーラが訝しげに眉を寄せた。

「……なんだよ」

「何か聞こえる」

 そう言って、アーヴェルはじっと馬車のほうを見つめた。トーラもつられるように口を閉じ、二人で耳を澄ませる。

 風に揺れる草の音や木々の葉が擦れ合う音に混じって、かすかな呻き声が聞こえた。

「……うぅ……」

「え?」

 トーラが眉を寄せた。

「今の――」

「人の声だ!」

 二人は顔を見合わせると、横倒しになった馬車へ駆け出した。

 街道を外れた馬車の周囲には、木箱や麻袋が散乱している。近づいてみると、倒れた馬車のそばに人の姿があった。

「おい! 大丈夫か!」

 トーラが声を張り上げると、かすかな声が返ってきた。

「……うぅ…ッ…」

 生きている。だが、アーヴェルは辺りを見回し、自分たちだけでどうにかできる状況ではないと判断した。

「トーラ。父さんか団長を呼んできて」

「ああ!」

 走り出そうとしたトーラを、アーヴェルがすぐに呼び止めた。

「待って!」

「なんだよ!」

「……やっぱり僕が行く」

「は?」

 トーラは一瞬きょとんとしたが、すぐに「ああ」と声を上げた。

「なるほど。じゃあ俺がここで見張ってる」

「うん。すぐ戻る!」

 足元に風を集める。

 地面を蹴ると同時に、後方へ噴き出した風の反動で加速する。

 身体がぐん、と前へ押し出され、一歩。さらに一歩。

 風に背中を押されるたびに、走る速さが増していく。

 森を抜け、村へ続く道を一気に駆けた。

     ◇

「団長!」

 自警団の詰所へ飛び込むなり、アーヴェルは声を張り上げた。声に気づいた自警団長のバークス・ハーランドが振り返る。

「どうした、アーヴェル。そんなに慌てて」

「馬車が倒れてる! 村の外の街道で! 人も倒れてて、一人はまだ意識がある!」

 バークスの表情が変わった。

「場所はどこだ?」

「西の街道! 森を抜けて少し行ったところ!」

「トーラは?」

「現場に残ってる!」

「分かった」

 バークスはすぐに近くの団員へ声を飛ばした。

「何人か集めろ! 西の街道だ。担架と手当てに使えるものも持ってこい!」

「はい!」

 団員が駆けていくのを見届けると、バークスはアーヴェルへ向き直った。

「アーヴェル」

「うん!」

「お前はセリーヌさんのところへ行け。怪我人を運び込むことになる。診療所で受け入れの準備をしてもらえ」

「分かった!」

「俺たちは先に行く!」

 アーヴェルは頷くと、再び詰所を飛び出した。

     ◇

「セリーヌさん!」

 診療所の扉を開けると、セリーヌがアーヴェルを振り返った。

「あら? アーヴェル、どうしたの?」

「怪我人がいるんだ!」

 その言葉に、セリーヌの表情が変わる。

「落ち着いて。何があったの?」

「街道で馬車が倒れてて、人も倒れてた。三人いたと思う。一人は声を出してたけど、ほかの二人は……分からない」

「三人ね」

 事情を聞いたセリーヌは、すぐに受け入れの準備を始めた。

「バークスさんには知らせた?」

「うん。もう団員を連れて向かってる」

「分かった。準備しておくわね」

 そう言いながら、セリーヌは棚から必要なものを取り出していく。

「じゃあ僕、トーラのところに戻るね!」

「ええ。気をつけてね」

 アーヴェルは診療所を飛び出し、事故現場へと引き返した。

     ◇

 アーヴェルが事故現場へ戻ると、すでに何人かの自警団員が集まっていた。横倒しになった馬車のそばでは、バークスが団員たちとともに負傷者の手当てをしている。

「アーヴェル!」

 声を上げたのはトーラだった。

「トーラ! 二人は?」

「大丈夫だ」

 答えたのはバークスだった。

「気を失ってるだけだ。三人とも命に別状はない」

「よかった……」

 アーヴェルはほっと息をついた。

「セリーヌさんには?」

「伝えてきた。診療所で準備してくれてる」

 その言葉に、バークスがアーヴェルを見る。

「……もう戻ってきたのか?」

「うん」

 バークスは一瞬、訝しげにアーヴェルを見たものの、すぐに負傷者へ視線を戻した。

「アーヴェル!」

 聞き慣れた声に振り返ると、街道を駆けてきたのはキーヴァルだった。

「父さん!」

「怪我はないか?」

「うん。僕もトーラも大丈夫」

「そうか」

 それだけ確認すると、キーヴァルは横倒しになった馬車へ目を向けた。

「バークス、状況は?」

「三人だ。怪我はしてるが、命に別状はない」

「分かった。何をすればいい?」

「担架が来るまで、こっちを手伝ってくれ」

 ほどなくして、街道の向こうから担架を抱えた団員たちが駆けてきた。

「団長! 持ってきました!」

「よし。こっちだ」

 バークスの指示を受け、団員たちは負傷者を一人ずつ担架へ乗せていった。三人をそれぞれ乗せた担架が村へ向かって運ばれていくのを、アーヴェルとトーラはその場で見送った。

「……よかったな」

「うん」

 張り詰めていたものがようやく解けたのか、トーラが大きく息を吐いた。

 負傷者たちが診療所へ運ばれていくのを見届けると、キーヴァルは街道に散らばった荷物へ目を向けた。

「これを全部運ぶなら、荷車がいるな」

 バークスも頷いた。

「ああ、そうだな。いったん村に戻るとするか」

 四人は散らばった荷物を街道脇へまとめると、村へ向かって歩き始めた。

 しばらく歩いたところで、バークスがふとトーラへ目を向ける。

「……そういやトーラ」

「ん?」

「お前、フラッファー狩りを頼んでたはずだが?」

「…………」

 トーラの足取りがわずかに鈍った。

「フ、フラッファーならちゃんと狩ったよ」

「本当か? 逃げ足が速いあいつらを、あんな短時間で狩れたのか?」

「ほ、本当だって! ちゃんと狩ったんだよ! ……二匹だけだけど」

「二匹だとぉ!? お前、またサボってたな!」

 バークスが拳を振り上げると、トーラは慌ててアーヴェルへ助けを求めた。

「ま、待って待って! 本当に狩ったんだって! なあ、アーヴェル!」

 突然話を振られ、アーヴェルは目を瞬いた。

「うん。二匹倒したところで、あの馬車を見つけたんだ」

「ほら! だから言っただろ!」

 そのやり取りを見ていたキーヴァルが、笑いながら口を挟んだ。

「おい、バークス。何にせよ……今日はこいつらのお手柄だ」

「…まあ、それもそうだな」

 バークスは振り上げた拳を下ろし、それ以上は追及せずに歩き出した。四人で再び村を目指していると、しばらくしてバークスがふと首を傾げる。

「……それはそうと、アーヴェル」

「なに?」

「お前、セリーヌさんに知らせに行ったあと、ずいぶん早く戻ってきたよな?」

「ああ、それ?」

「診療所へ向かってから来たんだろ? それなのに、担架を取りに行った連中より先に戻ってきた」

 隣を歩いていたトーラが、にやりと笑った。その顔を見たキーヴァルも、アーヴェルへ視線を移す。

「……何かしたのか?」

「うん、魔法を使ったんだ」

 キーヴァルが驚いたように目を見開いた。

「魔法?母さんから教わったのか?」

「違うよ。生活魔法だよ」

「生活魔法を?」

「うん。いつもトーラからフラッファー狩りを手伝えって頼まれるんだ。あいつら逃げ足が速いからさ。生活魔法を応用したんだ。」

 隣を歩いていたトーラの顔から、すっと笑みが消えた。

「……いつも?」

 バークスの低い声が落ちる。しかしアーヴェルはその意味に気づかないまま、話を続けた。

「それで、後ろから風で身体を押せば、もっと速く走れるんじゃないかと思って」

「ちょ、ちょっと待て、アーヴェル!」

「え? ……あっ」

 アーヴェルはようやく気づき、気まずそうにトーラへ目を向けた。

「……トーラ」

 再び響いたバークスの低い声に、トーラの肩がびくりと跳ねる。

「お前はぁ……!」

「ち、違うんだ親父! これには事情が――!」

 言い終わるより早く、トーラは村へ向かって駆け出した。

「待て、トーラ!」

 あっという間に遠ざかっていく背中を見ながら、バークスは大きくため息をついた。

「ったく、あの悪ガキが……」

 そう言いながらも、バークスはどこか呆れたように笑っていた。キーヴァルが吹き出し、アーヴェルもつられて笑った。

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